「ノラや」

u0145.jpg内田百間の「ノラや」を読みました。数年前にファミママさんが読んでおられたので興味を持っていました。その後、私も読んでみたいと話した時に、「でも、あれは読んでいてつらい」と言ったような記憶があって、あんまりおススメじゃないのかな?非業の死の様子とかが出て来るんだろうかと思っていましたが、読んでみて、その意味がわかりました。
庭にやってくる野良猫がどこかで子供を産み、最初は親子で物置の屋根などにいたのが、そのうち子猫だけがいついてしまい、野良猫だから「ノラ」と名づけて飼い始めた百間先生。ところが、ある日出て行ったきり戻って来ない。帰らないノラを思っては目頭を熱くし、卵焼きが好物だったノラを思い出すからと寿司の出前を絶ち、帰るおまじないにと毎日お灸をすえ、折り込み広告を何度も作って、情報が入れば奥さんや教え子が確かめに行く、そんな日々を綴ったもの。しかも後からやって来た迷い猫のクルツも病死してしまう。陸軍士官学校等でも教鞭を取ったという気難しそうな百間先生が教え子の前で涙を流す、これは完全なペットロス。そんな言葉は当時なかっただろうし、明治生まれの男たるものが猫ごときでという時代だったと思うけど、ペットを失った喪失感は昔も今も変わらないと改めて思う。だからこそ「ノラ未だ帰らず」ということを延々綴ったこの作品が、こうして読み継がれているワケですね。以前、ただの日記のような某作家の随筆を読んで、すごく退屈だったんですが、この作品に描かれる出来事はそれ以上に単調なのに、不思議と退屈とは思わず、読み進めてしまいました。それは百間先生の筆致がその作家より勝るからなのか、モモ母がペットと暮らした経験があるからなのかわかりませんが、昭和30年代にいなくなった猫の消息を、50年以上経った今も心配してしまう不思議な連作でした。
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